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せいこうブログ

2026/10/23 19:15

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3年 矢野颯大(浅江中)

今回、ブログを担当します、矢野颯大です。颯に「大きい」と書いて、颯大です。
まず、このブログを通して、普段は聞けないようなみんなのサッカー人生や選手権への意気込みなど、アツい想いを知れて嬉しく思うと同時に、チームの一体感が日に日に高まっているのを感じています。今年もこのような機会を作ってくださった原田先生、ありがとうございます。
このブログでは、僕の13年間のサッカー人生、周りへの感謝、選手権への意気込みを書かせていただきました。長くなりましたが、最後までお読みいただけると幸いです。

僕がサッカーを始めたのは、年長(6歳)のときでした。父がサッカー経験者だったことや、保育園の友達がサッカースクールに通っており、自分も通いたいと親に話したことがきっかけでした。しかし、金銭面でもそのスクールに通うことは現実的ではなく、僕がどれくらい本気なのかもわからないということで、まずは父と毎朝庭でサッカーをしてみてから、決めることになりました。
それから父との練習が始まり、毎朝ボールと触れるうちにサッカーの楽しさを感じ、両親も僕の気持ちを理解してくれ、小学校に上がるタイミングで、地域のスポーツ少年団(浅島)に入れてもらいました。小学生の頃の僕は、背は小さいながらも足元の技術とサッカーの理解度の高さを武器に、小学6年生のときには県トレセンに選ばれることができました。5年生のときには落選していたこともあり、とても嬉しかったと同時に、チームを引っ張っていかなきゃという責任感が芽生えたことを覚えています。
小学6年生の秋ごろ、中学でどこでサッカーを続けるか考え始めました。父と話す中で、「プロサッカー選手になりたい」「もっと高いレベルでサッカーをしてみたい」という気持ちが強くなり、父が薦めてくれたこともあって、レノファのジュニアユース(中学生年代の下部組織)のセレクションに参加しました。結果は、最終選考まで進み、ギリギリで合格することができました。合格の知らせを聞いた時、家族やチームメイト、コーチ、学校の先生など色んな人が一緒に喜んでくれたことを覚えています。
しかし、いざ入団すると、今までは順風満帆だったサッカー人生でしたが、すぐに周りとの差を感じました。技術はもちろん、体格差や今まで以上に頭を使ってプレーするということの難しさ、普段の食事量の管理や遠征での食トレで吐いてしまい、試合に出れない、忘れ物や電車の寝過ごしで練習に参加できない、2年生になって周りはトップチームでプレーする中、自分は下級生と隅で練習をするなど初めてサッカーで大きな挫折を経験し、サッカーが楽しくないと思うことがありました。
そんな中学2年生の9月、母が僕の気持ちに気づいてくれ、中学校の部活動に入ることを提案してくれました。決めた道から逃げることへの恐怖やプライドが邪魔をすることも少しはありましたが、「サッカーを楽しみたい」、そして「もう弱い自分から逃げたくない」という思いで覚悟を持って浅江中サッカー部に入部することを決めました。
部員のみんなが小学校の頃のチームメイトだったことや、顧問の先生や部員のみんなが快く迎え入れてくださったこともあり、割とすぐにチームに馴染むことができました。チームは全国大会出場を目指していて、僕もすぐに新たな目標として「全国大会に出場する」という気持ちが芽生えました。顧問の先生の厳しいご指導や日々の厳しい練習の成果もあって、最後の大会で県大会決勝まで進出し、中国大会ではベスト4とあと一歩で全国大会というところまで進むことができました。
大会を終え、高校の進路を考えるタイミングで、聖光高校から推薦のお話をいただき、小さい頃からの夢だった「選手権で全国大会に出場する」という夢を、地元地域の高校で叶えたいという思いで聖光高校への入学を決めました。
1年生のときはルーキーリーグに全試合スタメンとして出場し、夏には2年生の島原遠征に連れて行ってもらい、ここで大きく成長を感じ、上のカテゴリーでプレーする機会を増やすことができ、2年生になってからはトップチームとしてリーグ戦や新人戦、インターハイ、選手権など多くの経験をさせてもらいました。
インターハイでは大事な局面で試合に出場することができないままチームは敗退してしまい、自分の力不足を痛感し、悔しさが残りました。選手権ではスタメンで出場することができ、ゴールを決めることもできました。しかし、準決勝では2-0で勝っていて相手に退場者が出るという有利な状況で僕の一つのパスミスから失点し、結果的に大逆転を許すきっかけをつくってしまいました。
引退した先輩方への申し訳なさと、自分の詰めの甘さを強く感じ、自分たちの代ではもっとチームを引っ張って勝たせられる選手にならなければいけないと思いました。あのときの電光掲示板のスコアは鮮明に覚えていて、思い出すたびにあのときの悔しさをこれからの大会にぶつけようと自分を奮い立たせてきました。いざ自分たちの代になってからは、主力として試合に出場してきましたが、新人戦、インターハイともにベスト4、リーグでは4位でプリンス参入戦を逃すという結果にとどまっています。思うような結果が出ない中で、個人としてもチームとしても、まだまだ足りない部分があることを痛感しました。主力として試合に出る以上、自分のプレーに責任を持ち、苦しいときこそチームを支え、勝利に貢献できる選手でなければならないと感じています。

僕の13年間のサッカー人生は、いろいろなことがありましたが、今思うと経験してきた全てに意味があったのだと思います。小学1、2年生の間はサッカーの楽しさを、3、4年生では試合に勝つことの喜びを、5、6年生では技術面やサッカーにおけるメンタルを学びました。
中学のレノファではプロになるという夢の厳しさ、サッカーの原理・原則や奥深さなどのサッカーのことだけでなく、往復2時間の移動がある中で自分なりの勉強方法を確立したり、自分でおにぎりを作っていったりすることなどを通して、自立した人間になることができました。
浅江中サッカー部では日常生活とサッカーの関係性、まわりから応援される人になることの大切さ、仲間の素晴らしさを学びました。
そして聖光高校では先輩後輩の上下関係や縦社会の理不尽さ、部員80人を代表することの責任感、改めて感じるサッカーのおもしろさを学びました。それぞれの環境で、楽しかった思い出や葛藤の日々を経験する中で、サッカー選手としても、一人間としても成長することができたと思います。

ここまで僕がサッカーをしてこれたのも、成長することができたのも、たくさんの人の支えがあったからです。
特に、送迎や金銭面など両親をはじめとした家族には多くのサポートをしてもらいました。
僕にサッカーを始めるきっかけをくれたり、小学校6年間土日の休日をスポ少のコーチに費やしてくれたり、アドバイスをしてくれたり、レノファのセレクションを薦めてくれたり、サッカー用具を買ってくれたりした、父。落ち込んだときや、僕がたるんでいたときにメンタル面のサポートや叩き直してくれたり、ポジティブに変換して明るく考えてくれたり、所属チームでの会長など他人がやりたがらないような役職を務めてくれたり、僕がやりたいことを肯定してやらせてくれたりした、母。姉や妹には僕がサッカーをしていることで両親は俺ばっかにかまって、、と感じさせてしまうこともあったかと思います。けど、試合に写真を撮りに来てくれたり、ゴールを決めたらジュースを買ってくれたりと、2人も応援してくれてるんだなと勝手に感じてます。
矢野家はみんなそれぞれ個性が強くて、けど仲が良くておもしろい家族です。俺のサッカーが忙しくてなかなか5人揃って何かをすることができなかったり、いろいろ迷惑をかけたりしたと思うけど、俺にサッカーをやらせてくれて、応援してくれて、いつも安心して帰ってこれる場所を作ってくれて本当にありがとう。感謝してもしきれません。サッカー人生最後に、全国出場してかっこいい姿を見せられるように頑張ります。

監督や顧問の先生には、サッカーの指導だけでなく、人として大切なこともたくさん教えていただき、人間としても成長させていただきました。また、日々の練習や試合に全力で取り組める環境を整えてくださったことや、毎回のバスの送迎など、当たり前ではない多くの支えがあったからこそ、今の自分たちがあると思います。どんなときも僕たちのために時間と労力を費やし、熱心に指導してくださることに心から感謝しています。本当にありがとうございます。
部員のみんなへ。まず、プレー面などピッチ上だけでなく、練習や試合の準備や片づけ、応援などいろんな面でたくさん支えてくれた後輩たちに感謝したいです。俺は聖光サッカー部の未来のためにも、全国大会に出場したいと思ってます。だからこそ、メンバーだけじゃなくてチームみんなが同じ熱量を持って同じ方向を向いて、一つになって一緒に戦いたい。みんなの力を貸してほしいです。お願いします。
また、ボトルを作ったり、アップ着を畳んで並べてたり、ビブスを洗ったり、僕に長袖のユニフォームを用意しておいてくれたり、、あげればキリがないほどの仕事を一人で3年間やってくれたマネージャーには感謝の気持ちしかありません。ありがとう。
最後に3年のみんなへ。長い人で12年間、短い人でも3年間、仲間としてサッカーをしてくれてありがとう。みんなと過ごした3年間は本当に楽しくてあっという間でした。楽しかった遠征も、ほんとにきつかった四角ダッシュも、いろんな人に迷惑をかけて怒られたことも、ルーキーリーグで奇跡の残留をしたことも、どれをとっても今ではいい思い出です。
高校3年間というかけがえのない時間をこの31人で過ごせたことを本当に嬉しく思います。ときには冷たいことや厳しいことを言ってぶつかったりしたこともあったと思うけど、本気で全国を目指しているからこそのことだと思います。そんな環境でサッカーに打ち込めたことに感謝したいです。本当に聖光高校サッカー部で良かった。みんな大好きです。

明後日からとうとうサッカー人生最後の大会が始まります。最後に、僕は本気で全国大会に出場したいと心の底から思っています。最初はただの自分だけの夢でした。けど今はその夢を叶えることで今までお世話になったすべての方々に恩返ししたいとも思っています。
難しいことだというのはわかっています。ただ、僕たちならできると信じています。この、最高のチームで最高の仲間と全国大会出場という夢を現実にします。
今までお世話になった全ての方々への感謝と、聖光サッカー部の責任を胸に、第一にサッカーを楽しむことを忘れず、部員81名、そして応援してくださる全ての方々の思いも背負って、最後まで全力で戦います。
この最高のチームで、最高の仲間とともに、全てを懸けて、全部betして、聖光の歴史を塗り替えに行きます。これから1ヶ月、81人全員がチーム一丸となって戦いましょう🔥
ぜひアツい応援よろしくお願いします。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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