
感謝を胸に最後の舞台へ
3年 大木悠嵐(グランザ下松fc)
今回ブログを担当させていただく大木悠嵐です。僕は去年の年末に右膝膝蓋骨脱臼骨折という大怪我をしました。サッカー人生で初めての大怪我でした。100%手術が必要だと言われた時には目の前が真っ暗になりました。全治半年から9ヶ月と言われ、もう一度サッカーをがむしゃらにできるのか、元の自分に戻れるのか、不安な気持ちで押しつぶされそうになりました。先輩たちが引退し、これから自分たちの代が始まるという大事な時期の怪我だったこともあり、「なぜ今なんだ」という悔しさとこれから始まるはずだったチームメイトとのサッカーができないことへの不安で気持ちの整理がつきませんでした。
ただ下を向いている暇はありませんでした。自分が再びあのピッチに立ち、がむしゃらにサッカーをしている姿を想像しながら痛みや苦しみに耐え、懸命にリハビリに取り組みました。サッカーができなかった期間、4歳からずっと大好きで続けてきたサッカーが明日を生きる活力になりました。そしてようやく試合に復帰することができました。しかし本当に辛かったのはそこからでした。以前のようなプレーを取り戻すためには、違和感が残っていても試合に出て実戦の中で身体を慣らしていく必要がありました。しかし、試合に出ると以前なら抜かれなかったであろう相手に抜かれたり、以前ならできていた当たり前のプレーでミスをしたりすることが多くありました。失点に絡んでしまうことも増え、自分の思うようなプレーができない現実を突きつけられました。試合を重ねるうちに復帰したての頃にはなかった気持ちも生まれてきました。「こういうプレーをしたら膝が痛むのではないか」という恐怖心や復帰後の失敗から生まれたチャレンジすることへの怖さ。そしてみんなが戦術について話している中、自分は膝のことばかり気にして、戦術の話に集中できない。したくてもできない。そんな日々が長く続きました。今まで経験したことのない虚しさと自分の思うようにサッカーができないもどかしさを感じていました。
今プレーしているのは今の自分の身体なのにミスをすると、必ず脳裏によぎるのは「怪我をする前だったら」という言葉でした。さまざまな不安を抱えながらも怪我を治すためには試合に出なければならない。しかし試合に出れば出るほど思うようにプレーできない現実に直面する。そんな葛藤を抱えながらサッカーをすることは決して簡単なことではありませんでした。今まで自分が築いてきたプライドが嫌でも崩れていく。その現実に直面するのが怖く、自分のプライドに自ら泥を塗っているような感覚で、本当に本当に苦しかったです。
そんな苦しい日々を乗り越え、今再びサッカーを全力でできているのは多くの方々に支えていただいたからです。年末に怪我をして、年を明けた後すぐに手術ができるようすばやく病院を紹介してくださった山本先生。サッカーができず暗い気持ちになっていた時にも声をかけてくださった溝上先生、原田先生。自分のプレーが思うようにできない時や先生が自分に求めているようなプレーができない時でも復帰のためにどうにか起用し続けてくださっている坂田先生。サッカーができない期間を過ごしたからこそ気づくことができた3年間なんなく大変な仕事をこなしてくれていたマネージャー。そしてプレーがうまくできず自分に不満を感じることもあったと思うけれど、何も言わずに一緒にサッカーをしてくれたチームメイト。「早く復帰してくれ」と励ましの声をかけてくれたチームメイト。その励ましの声のおかげで「もう無理だ」と折れかけていた自分の心が何度救われたか数えることができません。みんながチームメイトで本当によかった。ありがとう。
2週間入院し、手術をしてくださった平松病院の亀井先生、理学療法士・看護師の方々、半年間リハビリで通った虹ヶ浜整形外科クリニックの皆さん。そして自分の膝の違和感を唯一理解してくださる理学療法士の方。他の人に話してもなかなか理解してもらえず、気持ちのよりどころがない自分に寄り添い続け、心の支えとなりながら個人的なリハビリを支えてくださいました。復帰までの道のりをここまで歩んでこられたのはあなたの支えがあったからです。本当にありがとうございます。
三交代勤務の疲れがある中でも、休みの日に通学の迎えをしてくれた兄。腰を痛めていたにもかかわらず、痛み止めを飲んでまで通学の迎えやリハビリに連れて行ってくれた祖母。自転車を漕げない期間通学の送りをしてくれ、金銭面でも精神面でも支えてくれた母。リハビリで走らなければならない時やサッカーをしなければならない時には単身赴任先から毎週帰ってきて、仕事で疲れていても嫌な顔ひとつせずリハビリに付き合ってくれたり、怪我をしている間にもサッカーの感覚が鈍らないように毎回試合に連れて行ってくれたりした父。
リハビリの期間、何度も父と喧嘩をしました。それは父が本気で自分の怪我を治したいと僕と同じくらいの熱量を持って接してくれていたからこそだと思っています。本気で気持ちをぶつける相手もいない中で真正面から向き合い、喧嘩をしてくれてありがとう。術後すぐには週6回のリハビリの送り迎えをしてくれるなど自分のことよりも僕のことを優先し、リハビリを支えてくれた家族。本当にありがとう。大好きです。
怪我をしてからはつらいことばかりで何度も涙を流しました。それでもリハビリを重ね、歩けるようになり、走れるようになり、再びボールを蹴れるようになっていくことや仲間とサッカーができる喜びも感じることができました。振り返れば辛さも嬉しさもすべて今の自分の財産です。
今度は僕が恩返しする番です。泣いても笑っても、これが高校生最後の大会です。負けたら終わりという厳しい世界で戦い抜かなければなりません。自分を信じてくれている先生、どんな時も自分を第一に考えて支え続けてくれた家族、そして14年間のサッカー人生に関わってくださったすべての方々への感謝を胸に今持っている自分の100%の力を出し切ります。最後まで熱い応援よろしくお願いします。

