私の13年間

せいこうブログ

2026/09/28 18:00

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3年 小田凌太朗(regalofc山口)

今回ブログを担当させていただく小田凌太朗です。私は年中から今までサッカーをやってきました。父がサッカーをしていたこともあり年中の頃私はサッカーをはじめました。幼稚園や小学生のころ私は地域のサッカーチームにはいっていました。そこではフットサルに力を入れ、小学生の頃フットサルで全国大会に出場しました。全国に行くのは決して楽ではなく、日々の練習や試合でコーチの方々から厳しく言われることだらけでもうやめたいと思うこともなんどありました。そこで辞めることなくその練習を耐え、食らいついたことで全国大会という舞台に出場でき大きな喜びを感じました。私は小学6年生の頃sssfc山口(のちにレガーロ)という県内でもトップクラスに強いクラブチームに入りました。入った当初は自分との技術に大きな差を感じなかなかAチームで出場する機会はありませんでした。そこでもAチームに出てやるという強い思いを持ち日々の練習や試合に取り組みました。その結果中学生の頃ではチームでスタメンを張りフォワードとしてチームの勝利に貢献しました。そして中学3年生の頃クラブユースという大会で見事優勝し、県一位となりました。そして高校は聖光高校に入学しました。たくさんの推薦があった中、私は『地域の学校で全国大会に出場する』と言う目標をもち頑張りたいと言う思いから聖光高校を選びました。入学後はほぼ知らない人だらけでしたが学校生活やサッカーを通してすぐに馴染むことができました。サッカー部では私は一つ上の学年で出させていただきました。2年の初め頃フォワードから「左サイドバック」へとポジションの変更もありました。サイドバックはいままで一度もしたことはなく最初は上手くこなせませんでした。チームに貢献するために練習や試合の中で先生方にたくさんの指導を受け、サイドバックとして勝利に貢献できるよう努力しました。そして私はインターハイ、選手権とサイドバックとして出場しました。ポジションは違えど、向かう目標は同じでそこに向かい必死に向かい合いました。選手権ではベスト4と言う結果でとても悔しい思いをしましたが、自分の中では全力を尽くせました。自分達の代となり、私は再びフォワードに戻りました。しかし、3年生になってからは怪我が続き、あまり練習や試合に参加できない時期がありました。サッカーができない期間だからこそサッカーの技術以外のことで人一倍努力しました。リハビリや筋トレをたくさんこなし、技術面以外のところで周りの人に怠らないようにトレーニングをしました。サッカーができるようになってからでも筋トレは継続しています。「県内で誰にも負けない強いフィジカル」を身につけるために日々筋トレに励んでいます。私がここまで頑張れ、成長できたのは自分1人でなく「家族の力」があったからこそだと思います。中学生のころは家から1時間少しかかる練習場所に週3で嫌な顔一つせず毎回車で送迎をしてくれました。自分の時間を削ってまで私に時間を費やしてくれたことは当たり前でなくすごくありがたいことでとても感謝しています。そして試合も毎回現地まで送ってくれました。また食事なども気にかけてくれ、私の体づくりのために一緒に頑張ってくれました。ここまで自分のために時間を費やしてくれた家族、本当にありがとうございます。

私の13年間というサッカー人生もこの選手権が最後となります。ここで優勝を勝ち取るために入学当時から頑張ってきました。そして私のサッカー人生の集大成をぶつけるときです。まだ全国大会出場という目標は達成できていません。去年越えられなかった壁を越えれるようどんな状況でも諦めず最後まで走り抜きますので熱いご声援よろしくお願いします。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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