届かなかったあの場所へ

せいこうブログ

2026/10/11 18:58

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3年    若林唯翔(浅江中)


僕は兄の影響で、小学1年生からサッカーを始めました。最初はフィールドプレイヤーとしてプレーしていましたが、兄のゴールキーパーとしてのプレー姿を見て、僕も小学4年生からゴールキーパーに挑戦し始めました。
最初は何もできませんでしたが、兄からアドバイスをもらい、それを自主練習で意識して取り組みました。その結果、練習や試合で少しずつ上手くプレーできるようになり、自信をつけることができました。そして、「兄を超えたい」という新たな目標もできました。
しかし、中学生になるとゴールも大きくなり、思うようにプレーすることができませんでした。少しずつ自信もなくなっていきましたが、兄からもらったアドバイスを忘れず、毎日地道に自主練習を積み重ねました。
その結果、中学3年間、県の代表選手としてプレーすることができました。また、所属していた部活動ではキャプテンも任せてもらえるようになりました。

中学では「選手権」という大きな大会がありました。2年生の時、予選で思うようなプレーができず、とても悔しい思いをしました。その時、「自分たちの代では必ず全国に行きたい」という目標ができました。
キャプテンとしてチームを勝たせるために、県の代表活動で学んだことをチームに伝えたり、チームが上手くいっていない時には、みんなで話し合い、良い方向に持っていけるように行動してきました。その結果、リーグ戦でも勝てる試合が少しずつ増えていきました。
そして迎えた選手権では、県大会2位という結果で中国大会に進むことができました。中国大会では2試合を勝ち切り、準決勝まで進みました。
この試合に勝てば、目標にしていた全国大会という舞台に立つことができる。そう思って試合に臨みました。
前半に失点してしまいましたが、試合終了間際のラストプレーで追いつくことができました。延長戦では決着がつかず、PK戦になりました。
しかし、PK戦では1本も止めることができず、中国大会3位という結果で、全国大会に行くことができませんでした。
全国大会という舞台は、そう簡単にたどり着けるものではない。現実を突きつけられ、人生で一番悔しい涙を流しました。

それでも、「全国大会に出たい」という気持ちは1ミリも消えませんでした。
そして、中学3年間で一度も高川に勝つことができなかった悔しさから、「高川を倒して全国に行く」という新たな目標もできました。
そして高校では、聖光高校に入学しました。
高校1年生の選手権からメンバー入りすることができましたが、1試合も出場することはできませんでした。悔しい思いをし、「自分たちの代では必ず試合に出てやる」と強く思いました。
しかし、高校でのサッカー人生はそう簡単なものではありませんでした。
そして迎えたインターハイの1週間前、僕は大きな挫折を味わいました。
腰椎分離症と骨折と診断され、サッカーをすることができなくなりました。それだけではなく、歩くことも、寝ることも苦痛な日々が続きました。
「インターハイに出られない。」
その現実を受け入れることができず、僕はなかなか立ち直ることができませんでした。
そんな時、僕を支えてくれたのは家族でした。
腰椎分離症と骨折を治すために、両親は高い費用をかけて、たくさんの整体や病院に通わせてくれました。兄からはストレッチや腰の痛みを治すための筋トレ方法を教えてもらい、たくさんの言葉をもらいました。
その中でも、1番心に残っている言葉があります。
「何事も想定内。」
どんなに上手くプレーできなくても、どんなに想定外のことが起きても、メンタルを崩さないために、母からもらった言葉です。
この言葉が、僕にとって一番の支えになりました。
そして、チームメイトにも支えてもらいました。
「早く治せよ。」
そんな何気ない言葉が、当時の僕にはとても嬉しく、力になりました。
僕は、落ち込んでいても何も変わらないと思い、チームを勝たせるために、自分にできることをしようと決めました。練習の手伝いや声掛けを率先して行い、チームのために行動してきました。
しかし、インターハイでは準決勝で敗れ、全国大会に行くことはできませんでした。
それでも、僕は悔し涙を流しませんでした。
なぜなら、その時にはすでに「選手権で全国に行く」という強い気持ちがあったからです。
そして、いよいよ待ちに待った選手権です。
この12年間のサッカー人生で、僕は2度の大きな挫折を味わいました。

それでも、ここまで続けてこられたのは、家族やチームメイト、そして12年間のサッカー人生で関わってくださった全ての方々が支えてくれたからです。
家族には感謝してもしきれません。
苦しい時に支えてくれた家族、励ましてくれたチームメイト、指導してくださった指導者の方々、そして12年間のサッカー人生で関わってくださった全ての方々への感謝を忘れず、最後まで戦います。
12年間のサッカー人生で経験したこと、出会った仲間との思い出は、一生忘れません。
最後は、今まで支えてくれた家族に恩返しをするために。
そして、聖光高校を勝たせるために。
必ず全国という最高の景色を見せます。
サッカー人生最後の選手権。
12年間の全てを懸けて、ぶちかまします。

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